麻雀は基本的には4人でプレイをするテーブルゲームです。以前は賭け麻雀とか、一晩中ゲームに昂じるという、いわば不健康なイメージが強かった麻雀ですが、近年においては対戦相手との駆け引きややり取りなどのコミュニケーションなどもありますし、そのために頭や指先を使うことになるので、脳の活性化や老化防止対策としても有効なゲームとして注目を浴びています。また、雀荘というビールやたばこの煙というイメージもありましたが、最近ではそういった不健康なイメージを払拭した雀荘も登場していて、女性や若い人にも優しいゲームになりつつあります。

麻雀とは

では実際に麻雀とはどういうゲームなのかということを簡単に解説します。麻雀は基本的には4人で行うゲームで、牌(パイ)を使います。麻雀の牌は、トランプでいうとカードに該当します。ゲームのやり方としてはこの牌を14枚揃えて完成形を作っていくのですが、その完成形には麻雀のルールが決まっていて、それを役(やく)といいます。麻雀の場合、揃えるのが難しい役ほど点数が高くなり、その役が揃うとゲームは終了しますので、できるだけ早く役を揃えていくというのが麻雀の醍醐味です。ゲームの勝ち負けとしては、まずゲームプレイヤーに点数が配られ、その点数を奪い合うことになります。つまり、役を揃えたプレイヤーが他のプレイヤーから点数を貰い受けて、この点数が多いプレイヤーがゲームの勝者ということになります。

麻雀の歴史

次に麻雀の歴史についてお話をします。

麻雀の歴史は古く、麻雀の発祥の地は中国にあります。麻雀は1000年以上の歴史をもっているマーチャオがもともと麻雀の原型になります。このマーチャオが1000年近くの年数を経て、中国が清時代にこのマーチャオが改良され、今の麻雀パイになったとされ、今から約140年前頃とされています。千年以上の歴史を持つ『マーチャオ(紙牌)』が麻雀ゲームの始まりです。140年前頃、マーチャオが改良され、今の麻雀牌の形になりました。この麻雀の形がほぼ完成したのが、清朝の末期とされていて、港町、浙江省寧波(ニンポウ)の地が誕生地と言われています。

次にこの近代麻雀を発明したのが、陳 政鑰(魚門)だと言われており、陳は清朝末期高級管理で清朝末期の最大の内乱であった太平天国の乱を制圧することに大きく貢献したとされています。そして歴史学者が近代麻雀の発明者は陳魚門であるということを確認した後、中国共産党政府が公認をし、その結果、浙江省寧波市が麻雀の発祥の聖地として積極的に推進してなんと、麻雀起源地陳列館までオープンさせてしまいました。

この麻雀が清全土に浸透した麻雀ですが、当時の清は帝国主義真っ只中ということもあって、イギリスを中心としたヨーロッパ諸国が中国に侵食(侵略)をしていました。(その結果太平天国の乱というような「扶清滅洋」というスローガンを掲げた内乱が起きたわけですが)その結果、中国には、多くの外国人が上海などに駐留し、そこで外国人が麻雀に触れ、その流れで麻雀を楽しまれるようになり、その外国人等を通じてヨーロッパ諸国やアメリカ、日本、その他アジアに伝わりました。その後、アメリカ人J.P.バブコックが1919年に欧米向けに麻雀牌の輸出を始めたことがきっかけになり、世界各地で麻雀が爆発的に流行することになりました。日本に麻雀が伝わったのもその頃で、具体的に大正後期から昭和初期にかけて日本に入ってきました。そして、菊池寛といった文士や文化人、マスコミなどのジャーナリストが麻雀に夢中になり、彼らが麻雀の記事を書き、日本中に麻雀が広まりました。ちなみに、日本にはじめて麻雀を伝えたのはもう少し前の明治後期で、日本を代表する作家である夏目漱石が書いたエッセイ「満韓ところどころ」とされています。

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